ルイ・ブライユ探訪
Louis Braille ゆかりの地を訪ねて
山本利和

2011年3月に堀越喜晴さんとルイ・ブライユゆかりの地を探訪しました。ブライユの生きた世界に触れるこの旅の中から、僕たちがルイ・ブライユゆかりの地をどのように訪れたのかを紹介します。

上の地図は使ったガイドブック(地球の歩き方)のもので、赤字でHと書いてあるのが宿泊したホテルの場所で、赤い丸をつけたところが地下鉄の駅などです。
2011年3月29日(火曜日)
ヴァランタン・アユイ博物館(Le Musée Valentin Haüy)と国立青年盲学院(INJA:Institut National des Jeunes Aveugles 直訳すると「若い視覚障害者の国立学校」)を訪問しました。どちらも地下鉄Duroc駅下車後、歩いてすぐのところにあります。地下鉄はM10もしくはM13を利用します。
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INJAの前にあるアユイと最初の弟子の像 左側の写真の右下のAとあるところがDuroc駅の出口で、左上のAVHと書かれたところがヴァランタン・アユイ協会(AVH:Association Valentin Hauy au Service des Aveugles et des Mal Voyants)、INJAと書かれたところが国立盲学校になります。まずヴァランタン・アユイ博物館に行くために、ヴァランタン・アユイ協会を目指しました。目の不自由な人達が歩いていたので、場所はすぐにわかりました。この建物の2階に博物館があり、ノエル・ロイ博物館長の案内で展示物を詳しく見ることができました。ヴァランタン・アユイは1784年に浮き出し文字による視覚障害児への教育をおこなう世界で最初の盲学校を創立した人です。INJAの入口にアユイが彼の最初の生徒に浮きだし文字を教えている石像があります。もちろん弟子の持っている本にも浮き出し文字が書かれています。下の写真はアユイの学校で使われた浮き出し文字の図書を読んでいるところと、練習用の盤に触れているところです。ちなみに点字を発明したルイ・ブライユはこの学校で学んでおり、彼は浮き出し文字を完璧に読みこなせたそうです。
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ヴァランタン・アユイ博物館の中心はブライユが生み出した点字です。ここには点字についてのたくさんの資料や古い点字タイプライターなどがあり、どれを見ても物珍しかったので、楽しいひとときを送ることができました。本当にいっぱいありました。遠くフランスまで来た甲斐がありました。

午後になってから国立青年盲学院(INJA)を見学しました。重厚な作りの、歴史を感じる学校です。イギリスのベルファストの盲学校の生徒や先生達と一緒に学校を案内してもらいました。案内してくださったヘクター先生は快活なおしゃべりで、この学校の歴史、ブライユのこと、建物や音楽ホール、教室、授業など、さまざまなことを紹介してくださいました。これも楽しいひとときでした。下の写真は左から学校の入口サイン、学校、ツアーの様子です。
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ブライユはこの学校で学び、非常に有能な生徒だったそうです。後に母校の教師になり、視覚障害者の教育に力をそそぎます。ブライユの教えていたと言われた教室は狭い音楽室でしたが、そこを見学させてもらった時には、なんだかブライユがものすごく身近に感じてしまい感激していました。右の写真がブライユ先生です。下の写真は、左が聖母子と盲目の天使像です。中央が学校のコンサートホールでパイプオルガンとグランドピアノがあります。右が小さな音楽室に掲げられたプレートで「1843年から1851年にかけてこの教室でルイ・ブライユが音楽を指導した」と書かれています。



この日の訪問先住所など
ヴァランタン・アユイ博物館(Le Musée Valentin Haüy)、ヴァランタン・アユイ協会(AVH:Association Valentin Hauy au Service des Aveugles et des Mal Voyants)
5 Rue Duroc, 75007 Paris, France
http://www.avh.asso.fr/index.php
国立盲学校(INJA:Institut National des Jeunes Aveugles)
地下鉄 Duroc駅 下車徒歩2,3分 (地下鉄M10もしくはM13を利用)
2011年3月30日(水曜日)
ブライユはフランスの偉人としてパリのパンテオン(Pantheon)に埋葬されているから、まずその墓所を見学し、その後でブライユの生家を訪れることにしました。
パンテオン この建物にブライユが眠っているOdéon駅から地下鉄M10でMaubert Mutualite駅まで乗車し、徒歩でパンテオンへ向かいました。映画を撮影している横を抜け、学生が行き来する大学の横を通り過ぎてパンテオンが見えてくると、なにやら柵が作られていていようです。「あれっ」と、いやな感じでパンテオンに着くと、「工事中のため閉鎖」と掲示されています。さらに僕たちのパリ滞在期間はすっぽり工事期間に収まっています。日本からはるばるやってきて、ブライユの棺にあえないなんて。お疲れ様でした。

気を取り直してクブレイのブライユの生家へ向かうことにしました。この村(町かもしれない)はパリの真東にあり、パリの中心からだと郊外高速鉄道RER(A line使用)で約45分ほどかかるパリ・ディスニーランド駅の近くです。乗り換えがあってもいいから少しでも安く行こうとケチなことを考えたので、僕たちは地下鉄Maubert Mutualite駅から何度も乗り換えて、ようやく昼にMarne-la-Vallée(Parcs Disneyland)駅にたどり着きました。Marne-la-Vallée駅には遊園地へゆく親子連れが多かったけれど、それほど混んでいるようでもなかったです。でも、左の写真のようにさすがに立派な駅でド・ゴール空港からの特急も運行しているようでした。この駅でタクシーを拾いクブレイ(Coupvray)のメリー(Mairie 役場のこと)まで向かいました。
クブレイに行くことが今回の旅の一番の目的だったので、クブレイにたどり着いただけでも達成感があり、かなり嬉しくなってしまいました。右のクブレイの地図を見てください。まずメリーの前でタクシーを降りブライユの記念碑(Monument Louis Braille)とサンピエール教会(ブライユも通ったEglise Saint Pierre)を見てから坂を下ってブライユ博物館(Musée Louis Braille)へ向かいました。ブライユ博物館では、非常に丁寧に館内を1時間以上にかけて案内してくださりました。突然うかがった日本人としては、その対応のよさに感謝しています。その後、地図の赤い道にそって歩き始め、村の墓地(地図の一番下の十字がたくさん描かれた所)にあるブライユの墓をお参りしてからメリー(Mairie)に戻りました。メリーからはタクシーでMarne-la-Vallée(Parcs Disneyland)駅に戻り、鉄道(PER)を使ってパリに戻りました。
以下、訪問した順にそって紹介します。
1.ブライユ記念碑(Monument Louis Braille)
役場(メリー)の道向かいにブライユ記念碑があります。この記念碑は高さ2mほどの石の台座の上にルイ・ブライユの石の胸像が乗ったものです。お顔は歳をとった感じがしたので、晩年の姿なのかもしれないと思いました。正確にはわかりません。石の台座の正面にはレリーフが取り付けられてあり、そこには、盲児が点字のアルファベットが書かれた用紙を胸に抱えて右手で読み、その手の上にブライユ先生の右手が添えられている様子が描かれています。下の左端の写真はその手の部分です。真ん中の写真はブライユ先生の足下に置かれた点字器と点筆です。石の台座の後ろ側にはフランス語のアルファベットが点字で記されています。右端の写真がそれです。この日はどんよりと曇った寒い日でした。
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2.サンピエール教会(Eglise Saint Pierre)
幼少期のルイ・ブライユがジャック・パリュイ司祭からさまざまなことを学んだ場所がこの教会です。ブライユのカトリック教徒としての信仰はここで培われたはずです。でも僕たちが訪問した日は扉が閉ざされていました。事務所をノックしてみたのですが、どなたも出てこられません。仕方がないので、扉に触れる程度でここは終え、次にむかいました。
3.ルイ・ブライユ博物館(Musée Louis Braille)


役場(メリー)から北に向かって歩道を少し歩くと坂道(rue de la Touarte)になります。そこ(左の写真)を下ります。下り終わった所にある交差点を左に曲がるとすぐにルイ・ブライユ博物館が見えてきます。簡単に書きましたが、この場所をまったく理解していなかった僕たちは通りがかりの人に行き方を教えてもらいました。この通りがかりの僕たちと同年代と思われる人はクブレイのウェブ・ページを制作していると言っていましたが、ミステリアスな人でした。
ルイ・ブライユ博物館はルイ・ブライユの生家を保存し博物館にしてあります。建物に入る前に、博物館の横にある新しい事務所で建物の模型を触らせてもらえます。外観もわかりやすいし、部屋の配置もわかりやすく、実際の建物の構造が良く理解できました。さてルイ・ブライユの生家に入ると、そこには19世紀初頭にタイムスリップしたような景色が残されていました。それがルイ・ブライユが少年時代に見た光景そのものだと思うと、来て良かったという思いが広がりました。下の写真は、左がダイニングキッチン+ベッドルーム、中が皮職人だったお父さんの作業場、そして右が作業場で遊ぶルイ・ブライユの様子が描かれた絵です。
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案内をしてくださったすてきな女性は1時間以上も僕たちに丁寧にやさしく、いろいろなものを触れるのを許してくれながら、ルイ・ブライユについて説明してくれました。感激です。
4.ルイ・ブライユの墓
ルイ・ブライユの遺体はパンテオンにありますが、点字を生み出し、すてきな音楽を奏でた偉大な手だけはクブレイの墓地に納められています。ルイ・ブライユ博物館の方に紹介してもらい、墓参りすることにしました。のどかな田舎の小道を歩きながら墓地にたどりつき、どれがルイ・ブライユの墓だかわからないもので、さんざんあれこれ探してようやく墓を見つけました。白い墓石の頭の部分に金属の背丈ほどの十字架が立てられています。
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この日の訪問先住所など
ルイ・ブライユ博物館(Musée Louis Braille, Maison Natale de Louis Braille)
13 rue louis braille 77700 COUPVRAY
訪問のために役立つサイト
http://www.coupvray.fr/coupvray/menu_principal/decouvrir_coupvray/louis_braille
http://www.braillenet.org/louis_braille/maisnat.htm
以下、ルイ・ブライユ博物館のパンフレットからの情報を日本語訳でつけておきます。
ルイ・ブライユ博物館への行き方
自動車: パリから高速道路A4に乗り、14番出口(ディズニーランド・パリ)で降りる。
電 車: パリ東駅(Gare de l'Est)からMeaux方面行きに乗り、Esbly駅で降りる。駅から6番のバスかタクシーを使い、Touarteで降りる。
郊外高速鉄道(RER): RER A線でMarne-la-Vallée(Parcs Disneyland)方面行きに乗りVal d'Europeで降りる。駅から6番のバスかタクシーを使い、Touarteで降りる。(←我々が降りた駅の一つパリよりの駅で降りている)
料 金
大人5ユーロ、グループ 一人4ユーロ、こども(10歳以下) 無料
開館時間
夏期(4月1日から9月30日) 10時から正午、14時から18時、月曜休館
冬期(10月1日から3月31日) 14時から17時、月曜休館(金曜は予約が必要)
毎時ガイドツアーあり。ツアーの時間は1時間。
グループでの訪問アレンジやその他の情報入手は・・
Museum Louis Braille Birthplace
13, rue Louis Braille
77 700 Coupvray, France
電話・ファックス +33(0)160 04 82 80
メールアドレス musee.louisbraille@faf.asso.fr

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